この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第五十話「直球」

time 2015/12/25

第五十話「直球」
 クルミちゃんと五軒をハシゴして、さすがに飲み過ぎた。身体がダルいし、頭が痛い。俺も少し落ち込んでいたところから復活したばかりで、妙にテンションを上げ過ぎた。今日のアルバイトは平田くんだし、午前中は少し身体を休めながら、午後から本気を出して、仕事を頑張ろう。

「田附、おはよう。」
「おはようございます。店長。」
「なんや飲み過ぎか?」
「いや、そんなことないです。」

 こんな日に限って、朝から店長がオフィスにいる。さっき立てたばかりの行動計画を白紙に戻して、朝から本気を出して、仕事を頑張ろう。

「ちょっと、ええか。」
「はい、なんですか?」
「外、行こか。」

 夏も本番を迎えて、京都の街は地獄の暑さだ。誰がどう見ても、日光が似合わない二人で、木屋町の路地を歩く。たまに前を通るけど、今にも潰れそうだなと思っているだけで入ったことがない古びた喫茶店の扉を、店長が開ける。薄暗い店内には、高齢の男性がふたり。俺たちを見て、そのうちのひとりが「いらっしゃい。」と言ったから、ひとりが店主で、もうひとりは常連客といった感じか。

「おっちゃん、これ、クーラー効いてんの?」
「暑いか?」
「めちゃくちゃ暑いわ。」

 関西の飲食店は、店の人と客の距離感が近くて、初めての客にでも友達のような話し方をするんだけど、佐伯店長と店主の話している感じを聞いていると、どうやら二人は多少の顔なじみらしい。何も注文をしていないのに、店長の前には大きなマグカップに入ったアメリカンが出てきた。

「田附、注文せえや。」
「あ、じゃあ、同じやつください。」
「はい、アメリカンね。」

 店主は、カウンターに座っている常連客の年寄りと野球の話題で盛り上がっているようで、店主が「監督を変えても、勝てんもんは勝てんで。」と阪神タイガースの監督論を語れば、客の方が「PLに凄い打つやつがおるらしいで。」と甲子園の話題を返す。この二人、相槌をうちながら会話してるけど、全然話が噛みあってへんやん。

「あのな、田附。」
「はい。」
「お前、付き合ってる彼女おるな。」
「え?」

 これまでに何度か見てきた佐伯店長独特の変化球が、いきなり俺に向かって飛んできた。唐突に話を切り出して、相手が動揺している間に、間髪入れずに次の球を放って、勝負を決めるパターンだ。いや、店長が他人を追い込むときのやり方を冷静に分析している場合じゃない。ヤバい。

「どやねん。彼女おるやろ?」
「はい、います。」
「いつからや?」

 西城のオッサンが追い込まれていく姿を、間近で見ていた俺は、店長に対して下手に嘘をついたら大変な目に遭うことを理解しているから、聞かれたことには正直に答えようと、腹を括った。

「社員にしてもらったばかりの頃からです。」
「なんで言わへんねん。」
「あの、聞かれなかったんで。」
「言うてくれても、ええやん。」
「すみません。」

 判断が難しい。これは、喫茶店で行われているただの日常会話なのか。もしくは、何らかの意図を持って質問されているのか。いや、さらに言うと、俺の口から先に、ハルカと交際していることを打ち明けるのを待っているのか。何が正解なのか分からない。

「店の女の子やろ?」
「え?」
「どやねん。そうなんか?違うんか?」

 いきなり九回の裏、ツーアウトまで追い込まれた。ここで俺が上手く打てなければ、試合終了だ。観客の中には、もう試合が終わったと判断して、席を立つ人もいるだろう。もう、こうなったら思いっきりバットを振って、潔く試合を終えるしかなさそうだ。

「その通りです。」
「やっぱり、そうか。怪しいとは思っててん。」
「え、そうなんですか?」
「俺、こういうの勘がええねん。」
「バレないと思ってました。すみません。」
「マリも何か浮ついてるしな。」

 折角、野球に例えて、豪快にバットを振り切る最終打者として華々しく散ろうと思っていたのに、野球では上手く例えられない事態が発生した。店長は、俺がマリさんと付き合っていると思っている。たしかにマリさんとは友達のような関係づくりが出来ていて、恋人同士だと疑われるのも頷ける。でも、違う。

「あの、店長、マリさんとちゃいます。」
「はぁ?」
「俺、マリさんと付き合ってないんです。」
「さっき、お前、言うたやん。」
「いや、その、マリさんとは、ちゃうんですよ。」
「ほな、誰やねん?」

 さぁ、再び、俺はバッターボックスに入り、佐伯投手と向き合った。変化球を交えて巧みな投球がウリのベテラン投手だけど、最後の球は、見事な直球だ。とにかく真っ直ぐに投げられた球。もうバットを出して、打ち返すしかない。

「ハルカ…さんです。」

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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