この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第四十五話「西城さま」

time 2015/12/18

第四十五話「西城さま」
 西城のオッサンは、「お前は講習するわけない」と言われて心に余裕が出来たのか、俺の方を睨み付けながら「誰がそんなこと言うてるんですか?」と、店長に聞いた。店長は、オッサンが俺を睨みつけている視線を確認してから、静かに答えた。
 
「俺が、女の子らに聞いて回ってん。」
「店長が直接、聞いたんですか?」
「そうや。」
「俺、ほんま身に覚えが・・・」
「そしたら、何をしててん。西城!」 

 語気を強めた問いかけに、オフィスの空気が一気に張り詰めた。一時は興奮気味に話していた店長だったけど、すでに普段通りの落ち着いた雰囲気に戻っている。声を荒げて怒鳴られるより、静かに淡々と理詰めで話される方が怖い場合もある。

「講習してない。でも、女の子は身体を触られた。何しててん。西城。」
「あの・・・」
 
 野獣のように勘と体力だけで生きてきた西城のオッサンにとって、佐伯店長のようなタイプの人間は、最も相性が悪いのだろう。自分の持っている能力を全て削がれ、いかつい顔も、野太い声も、自慢の腕力も、何も役に立たない。

「あ、そうか!西城。」
「え?」
「客としてサービスを受けてたんか?」
「はぁ?」
「客として、女の子にサービスを受けてたんやろ?そうやな?」
「え?あ、はい。」
「あ、そうか、そうか。客としてか。」

 唖然とするオッサンを相手にする素振りを見せず、店長は「そうか。そうか。」を繰り返しながら、コピー用紙を一枚取り出した。そこには、ボールペンでびっしりと何かが書き込まれている。どうやら、西城のオッサンを追及するに当たって必要な情報を全て、この一枚のコピー用紙に集約しているようだ。指でなぞりながら、いま必要としている情報を探している。

「なぁ、西城。いや、西城さま。」
「は、はい。」
「西城さまは、これまでに合計で三百時間、お楽しみになられました。」
「はぁ?」
「多少はオマケしまして、お会計は四百五十万円になります。」
「そんなぁ・・・」
「どうぞ、お支払い下さい。西城さま。」
「さっき、三百万円の借金が出来たとこですわ。一文無しやで。」
「そういうの困るんですよねぇ、お客さま。」

 今度は、ポケットから携帯電話を取り出して、「奥田さん、生命保険つけたら、あと五百くらい出してくれるかな。」と、無表情で呟く。店長が冗談を言っていないと理解した西城のオッサンは、「勘弁してください!」と手を合わせて、電話を掛けないように請うた。口元に少し笑みを浮かべた店長は、携帯電話を机の上に置いて、言葉を続けた。
 
「西城よ、もうハッキリしてくれ。」
「は、はい?」
「客やったんか?講習やったんか?」
「えー・・・」
「はよ答えろ!西城!」
「えーっと、講習です。講習をしました。」
「そうか。分かった。」

 もう西城のオッサンは何もする気力を失った様子で、ただ茫然と机の上の何かを見つめている。手の指の関節を鳴らして、腕時計を確認した店長が「上司の命令に反して、禁止してることをやったんや。辞めてもらうで。」と、西城にクビを宣告した。オッサンは小さく頷いたようにも見えたが、何も声を発することはなく、ただ静かに立ち上がる。
 
「長い間、お世話になりました。感謝してます。」
「おう。」
「本当に、ありがとうございました。」 

 

 三日間くらい経ったのではないかと思うくらい濃い時間が過ぎた。馬券の話を始めてから僅か三十分ほど。威勢の良かった西城のオッサンは、一気に枯れて萎んでしまった。背中を丸め、精一杯絞り出した小さくかすれた声で、店長に礼を言って、深々とお辞儀をした。

 

「おい、西城。」
「はい。」
「お前、なにか忘れてないか?」 
「え?」
「勝手に講習をしてたんやろ?」
「は、はい。」
「講習は、田附の担当やで。」

 最後の最後に、完全に死に体のオッサンに、店長はいったい何を言ってるんだ。このオフィスの中で、完全に空気と化して、ただ事の成り行きを見届ける以外に役割の無かった俺に、いきなりスポットライトが当てられた。店長から「田附、こいつ、お前の担当の仕事を、勝手にやってたみたいやで。」と言われて、四日前に灰皿で殴られそうになったことを、やっと思い出した。

「あとは、お前と西城の問題や。好きにせえ。」
「ホンマはボッコボコにしたいですけど、店長に免じて許したりますわ。」
「そうか。分かった。すまんな、田附マネージャー。」

部下を「お客さま」だと思えば9割の仕事はうまくいく
林 文子
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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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