この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第四十二話「灰皿」

time 2015/12/15

第四十二話「灰皿」
 翌日、特別休暇が明けた西城のオッサンが出勤してきた。俺と佐伯店長のふたりで情報収集をしたので、アルバイトの平田くんも、店の女の子も、西城のオッサンを追い込むプロジェクトが進行中であることは知らない。

「おう、田附、おはよう!」
「おはようございます。」
「声が小さいんじゃ、ワレ!」

 もうすぐ居なくなる人間だと分かっていても、「おはよう!」と「ワレ!」の二回、頭を殴られれば腹が立つ。思わず「借金まみれの好色野郎が!」と罵声を浴びせそうになるが、感情を抑えて、目元に笑みを浮かべて対応する。

「俺の休み中、変わったこと無かったか?」
「いいえ、特にありませんでした。」
「そうか、ほな、ええわ。」

 西城のオッサンの野生の勘が、何かの危険信号を察知したのだろうか。この手のタイプの人間に対して、暴力以外に能がないと侮っていると、痛い目に遭う。特に、元ヤクザという経歴を持つ西城のオッサンは、直接的な痛みを伴う危険だけでなく、政治的に追い込まれるような危険にも、敏感に反応する。ただのアホじゃない。

 昨晩、オカマバーに向かいながら、佐伯店長が「週末まで動かんからな。」と話していた。今日は水曜日だから、あと二日は、何としても西城のオッサンには気づかれてはならない。なんとか週末まで、今週末まで頑張れば、もう頭を殴られなくても済むんだ。

「田附、今週末やけどなぁ。」
「え?あ、はい。」
「何をボーっとしとるんじゃ、ワレ!」
「い、いえ。」
「今週末、どないなると思う?」
「え、今週末ですか?」
「京都記念や!ワレ!」
「あ、ああ、競馬ですか。」

 このオッサンの頭の中には、女と競馬のことしかないんだろうか。佐伯店長と一緒にやるミーティング以外で、このオッサンから仕事の話を聞いたことがない。そういえば、ルミさんが今日は休みたいと電話があった。一応、上司だからオッサンに報告しておかないと。

「西城マネージャー、すみません。」
「なんや。」
「今日、ルミさんが休むそうです。」
「なんでや?」
「いや、本人が休みたいと。」
「あかん。」
「え、もう休みにして、サチコさんに代わりに入ってもらいましたよ。」
「ワレ、なにを勝手にシフトいじっとんねん!」

 デスクに置いてあるガラス製の大きな灰皿に右手を伸ばしながら、「いつからシフトまで、お前の担当になったんじゃ!ワレ!」と怒鳴り散らす西城のオッサン。やばい。本気でキレてる。「いっぺん、思いっきりシバいたるわ。」と、左手で俺のシャツの襟元を掴む。動けない。首を締め上げられて息も苦しい。右手の灰皿で殴られたら、思いっきり血が出るんやろな。下手したら死ぬな。

「おはよう。」
「あ、おはようございます。店長!」
「どうしたん、西城。」
「このアホが勝手にシフトをいじりよって。」
「ああん。ホンマか。田附。」
「は、は、は・・・い。」

 深い呼吸を繰り返して、息を整えながら、ひとまず大ピンチを回避できたことに、ひと安心した。脳みそに血の流れが戻っていくのが分かる。視界も徐々に広がってきて、なんとか生き延びたことを実感する。店長とオッサンの会話が、耳鳴りのように聞こえていたけど、少しずつハッキリと聞き取れるようになってきた。

「そら、田附が悪いわ。」
「そうでっしゃろ。店長。」
「おう、間違いない。」
「半人前が、他人の仕事まで取りよって。」
「おい、田附!」

 まだ、軽い放心状態なので、いまいち状況が飲み込めていないんだけど、どうやら俺が悪いということで、この事態は収束したようだ。店長が「西城に頭を下げて謝れ。」と言うので、俺にも山ほど言い分はあるんだけど、言われた通りに頭を下げ「大変申し訳ございませんでした!」と謝った。もちろん、下げた頭の後頭部に、強い衝撃を受けたけど、予想していた痛みなので我慢した。

「あとは、お前と田附の問題や。好きにせえ。」
「ホンマはボッコボコにしたいですけど、店長に免じて許したりますわ。」
「そうか。分かった。すまんな、西城マネージャー。」

灰皿 ガラス製 卓上 日本製 P-05508-JAN
東洋佐々木ガラス
売り上げランキング: 14,542

※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


sponsored link