この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第三十七話「禊」

time 2015/12/08

第三十七話「禊」
 社員になって初めての出勤。残念なニュースが、ひとつ。山下さんが、店を辞めた。佐伯店長と、西城マネージャーと、俺の三人の社員ミーティングで、店長から一方的に言われたので、辞めた経緯は分からないけど、昨日付けで辞めたらしい。
 
 アルバイトとして店に入ってからの三日間、ずっと俺に色んなことを教えてくれた先輩だから、この店では最も一緒にいる時間が長かった人だ。ただ、残念なのは、山下さんが辞めたこと自体ではなくて、西城のオッサンが俺の直属の上司になったことなんだけど。

 いきなり俺が社員になれるなんて、おかしいとは思っていたけど、きっと山下さんが辞めることは事前に決まっていて、その代役を俺が出来るかどうかを確認されていたんだろう。仕事に関しては、特に不安なことはないんだけど、問題は、西城のオッサンだ。

 
「ぼけっとすんな!」
「はい。」
「早よ、掃除しろや!」
 
 本当にもう、どうして、このオッサンは毎度毎度、俺の頭を殴るんだろうか。二言発して、二度殴る。こんな無茶苦茶な人間を、どうして佐伯店長は雇っているのかが不思議だ。山下さんが昨日言ってたけど、西城のオッサンは昔、東京で本物のヤクザだったらしい。
 
 最悪の上司の部下になったと同時に、俺にも部下が出来た。部下と言ってもアルバイトなんだけど、立命館大学の大学生の男の子を、俺が使う立場になった。昼間のアルバイトは一人で、昨日までは俺が早番のシフトに入っていたから、他のアルバイトの子たちとは、ほとんど面識がない。
 
 ピチピチホームで働いているアルバイトは、全員で六人。もちろん、全員が男。早番が一人で、遅番は二人の体制で、シフトを組んでいる。アルバイト全員の履歴書を見せてもらって気付いたけど、全員が立命館大学の学生だ。これも何か佐伯店長のこだわりなのかもしれない。なぜ俺が採用してもらえたのか不思議に思う。
 
「いらっしゃいませ。」
「一時で予約したヤナイです。」
「はい、マリさんのご指名ですね。」
「そうです。」
 
 今日の早番のアルバイトは、平田くんという法学部の学生。すでに九か月くらい働いていて、受付から誘導、その他の清掃、備品の補充業務まで、動きに無駄がない。西城のオッサンみたいに怒鳴ったり、殴ったりするのは、俺の性に合わないけど、何か上司らしい行動をしたい俺としては、ちょっと不満だ。
 
「田附さん!すみません!」
「うん?どうしたん?平田くん。」
「ヨウコさんが、お客様から本番を強要されてるって!」
「え?ホンバン、アカンやん!」
 
 ファッションヘルスという業態は、女の子が男性客と二人で個室に入って、手や口で性的なサービスをするんだけど、客のなかには本番行為、つまりセックスをさせろと女の子に要求をする人間が少なからず紛れ込む。店としては、こうした要求から女の子たちを守らなければいけないし、たとえ女の子が客から個人的に受け取る追加料金に目がくらんで本番行為を受け入れたとしても、風営法に触れる違法行為なので、絶対に阻止しなければならない。
 
「平田くん、ヨウコさんは何号室?」
「七号室です。」
「分かった。そしたら・・・」
「お前、何をチンタラしとんのじゃ、ワレ!」
 
 西城のオッサンだ。もう、挨拶みたいになっているけど、「ワレ!」で一発、俺の頭を殴ったオッサンが、とんでもない勢いでオフィスを飛び出して行った。そして、次の瞬間、バスタオルで局部だけは隠しているものの素っ裸の色黒の男が、オッサンに髪を掴まれて、受付の前まで連れ出されてきた。
 
「もう、しません。すみません。」
「なんやて、なにをせえへんてぇ?ワレ!」
「勘弁してください。すみません。」
 
 体格の良い、喧嘩をしても強そうな男だけど、鬼の形相をした西城のオッサンの前では、ただ謝って許しを請う以外には何も出来ない様子だ。その声は、雄叫びに近い。ホンバン野郎が悪いのに違いはないけど、そろそろ許してあげても良いのではないか。でも、西城のオッサンの勢いは止まらない。もう一度、男の髪の毛を深く掴み直して、そのまま店外へと、引っ張って行く。
 
 ヨウコさんの部屋を覗いて「大丈夫か?」と声を掛け、平田くんに「店、任せたで。」と言ってから、店の外へ西城のオッサンを追いかける。店を出るまでに少し手間取ったから、追いつけるかどうか不安だったけど、すぐに見つかった。いや、見つかったというより、男の悲鳴が高らかに響き渡り、群れを成して移動する群衆の後ろ姿が見える。
 
 こんなに目立って大丈夫かと不安になりつつも、とにかくオッサンの様子を確認しようと、野次馬の群れをかき分ける。「ごめんなさい」と「すみません」と「もう、しません」の声が近づいてきた。やっとの思いで最前列に辿り着いて、オッサンの背中が見えた瞬間、ホンバン野郎が宙を舞い、そして、橋の上から高瀬川へと落ちて行った。
 
「禊の水を浴びて、反省せえ!ワレ!」

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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