この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第三十五話「三日坊主」

time 2015/12/04

第三十五話「三日坊主」
 オフィスに入ると、確かにいつもとは様子の違う佐伯店長が、二つしかないデスクのうちのひとつに座っている。面接以来の対面なんだけど、既にピラミッドの最末端に組み込まれた俺にとっては、雲の上の存在だ。面接の時よりも緊張する。

「おお、田附。そっちの椅子を持ってきて、ここに座れ。」
「はい。」
「どうや、実際にやってみて。」
「めっちゃやり甲斐があって楽しいです。」
「そうか。」
「はい。」

 やはり、前に会った時とは違う。何というか雰囲気が重い。面接の時はまだ、外部の人間だったけど、今はアルバイトとして身内になったから、これが普段の佐伯店長なのかもしれないけど、俺、こういう空気は苦手や。

「なんか女の子に色目を使ってるらしいな。」
「そんなことないですよ。」
「ほんまか。」
「はい。」
「まぁ、ええわ。」

 佐伯店長の携帯電話が鳴った。つい数年前までは、大きな弁当箱のような機械を肩から提げないといけなかった携帯電話は、みるみるうちに小さくなった。芸能プロダクションにいたとき、俺も何度か使ったことがある。

「こんなん持たされてたら、たまらんなぁ。」
「はぁ、そうですね。」
「あ、もう、また電話や。」

 さっきの電話では、相手からは見えていないのにお辞儀をして低姿勢で対応していたけど、今回は「お前はアホか。」と怒り気味。面接の時には、普通のオジサンという感じだったけど、ファッションヘルスの店長をしているだけあって、気の荒いところもあるんだろう。

「ああ、ごめんな。」
「いえいえ。」
「ちょっと待っとけよ。」

 佐伯店長は、何かを待っているのか、時計を気にしながら、タバコをふかしている。俺は、どうして呼び出されたのかも分からないけど、ただ席に座っていることしかできない。徐々にお客さんが増えてくる時間だから、山下さんだけに仕事を任せるのは申し訳ないけど、店長を放ったらかして仕事に戻るわけにもいかない。

「失礼します。」
「おお、コッチに入ってくれ。」
「は、はい。」

 オフィスに入ってきたのは、ミオリさんだ。さっき俺が、金券と一緒にミオリさんに手渡した紙切れを、店長に差し出した。紙切れを受け取った佐伯店長は、細かく折りたたんだ紙切れを開いて、俺が書いた文章を確認している。

「おい、田附。」
「はい。」
「お前、アルバイト何日目やったかな。」
「はい、三日目です。」
「そうか、三日目か。」
「はい。」
「お前、今日でアルバイトはクビや。」

 店長から「戻ってええで。」と言われたミオリさんが、「店長候補、ごめんね。」と言ってから、オフィスを出て行った。どういうことだ。どうして俺はクビにならなきゃいけなんだ。意味が分からない。ミオリさんには、しっかりと断りの文章を書いたのに、何がいけなかったんだ。

「なぁ、田附。」
「は、はい。」
「お前、明日から、社員になれ。」
「はぁ?」
「何回も言わせんな。明日から、お前、社員。」

 アカン、俺、西城のオッサンに殴られすぎて、頭がおかしくなったのかもしれない。全く状況が飲み込めない。ミオリさんから夜の飲みの誘いを受けて、断って、店長に呼び出されて、アルバイトをクビになって、明日から社員と言われた。

「ほな、今日はもう帰って良いで。」
「え、冗談じゃなくて、ほんまなんですか?」
「ほんまや。嫌か?」
「い、いえ!めっちゃ嬉しいです!」
「結局、お前のアルバイトは三日坊主や。」
「いやいや、それはちゃうでしょ。」

 何が起きたのか分からない。でも、いきなりだけど、俺は社員になった。佐伯店長は、「お前は三日坊主や。」と言って喜んでいるけど、あまりに唐突な事態に、どうして良いのか分からない。今からでも、「冗談や。」と言ってもらえれば、普通にアルバイトの業務に戻るんだけど、どうやら本当らしい。

 思いがけず早い時間に店を出たし、まだ実感が湧いてこないけど社員になれたので、祝いの酒を飲もうと思う。どこに行こうかも決めず、ただトボトボと四条大橋を渡り、祇園の街を歩いて、何となく目に入ったショットバーの扉を開ける。

 まだ早い時間なので、さほどお客も入っていない。太めのストライプが入った黒いスーツ姿のハゲたオッサンが、夜のオネエちゃんらしき女性とカウンターに座っている。それから、その奥には、ベージュのセーターにジーンズ姿の女性客がひとり。黒い艶やかな長い髪を垂らしている。あの黒い髪は、ハルカさんに似ているな。いや、ハルカさんだ。木屋町ナンバーワンのヘルス嬢、ハルカさん本人だ。

 さっき、俺の目の前で起きた出来事は、店長がミオリさんを使って、俺を試したんだろう。どうして今になって気づいたのか、俺の頭の回転が鈍っているのか。いや、そんなことより、ハルカさんと同じ店にいるのはマズい。気づかれないうちに、逃げよう。

「おい!店長候補!」
「え?」
「お前、なんで酒も飲まんと帰ろうとしてんねん。」
「え、いや、あの。」
「こっち来て、ワタシの隣に座れ。」

三日坊主のやる気術
三日坊主のやる気術

posted with amazlet at 15.12.04
山崎 拓巳
大和書房
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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 

 


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