この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第三十四話「金券」

time 2015/12/03

第三十四話「金券」

 アルバイト三日目。西城マネージャーの顔を想像するだけで、気分が憂鬱だ。女の子の部屋の清掃をしながらも、いきなり後ろから殴られるんじゃないかと、ビクビクと怯える。入り口の扉が開く度にゾッとするから、女の子が出勤してくる度に、身体が震える。

「ミオリさん、おはようございます。」
「おはよう、店長候補!」

 昨日までは“田附くん”って呼んでくれていたミオリさんまで、俺を“店長候補”って呼ぶようになった。なんだか店に馴染めているのを実感できて、嬉しい。ミオリさんは、色白で可愛い女の子だ。本当かどうか知らないけど、現役の女子大生なんだそうだ。

「おい、田附!」
「は、はい!おはようございます。」
「女の子に色目使ってんちゃうぞ、ワレ!」

 いきなり後ろから、西城マネージャーが現れた。そして、「おい、田附!」で一発、「ワレ!」で一発、合わせて二発、殴られた。ミオリさんのことを可愛いと思ったのは認めるけど、アルバイトが女の子に手を出したら即クビというルールくらい知っているから、色目を使ったりはしていない。もう本当に、このオッサン、嫌や。

 お客さんが入ってきたら、待合室のソファに座っていただいて、カーテンの奥を確認してから「女の子の準備が整いました。」と言って、お客さんを最初の扉の前に案内する。ドアをノックすると女の子が内側から扉を開いて、お客さんが気に入れば、そのまま入室していただく。この時、アルバイトは女の子に“金券”と呼ばれる小さな紙を手渡す。給料清算の時に、それぞれの女の子が対応したお客さんの人数を確認して、この”金券”の束と引き換えに給料が支払われる。だから、絶対に渡し忘れてはいけない。

 アルバイトの一日の仕事は、ほとんど出来るようになって、三日目にしては上出来だと我ながら感心しているんだけど、仕事とは全く関係のないことで西城のオッサンに怒鳴られて、殴られて、頭がおかしくなりそうだ。

 俺と山下さんにとって救いなのは、西城のオッサンが頻繁にオフィスから居なくなることだ。どこに出掛けているのか知らないけど、ずっと出掛けてくれてても良いくらいだ。平日の昼間とは言え、お客さんが入ってくるから、接客に集中したい。ほら、また一名様、ご来店だ。

「いらっしゃいませ!こちらへどうぞ。」
「はい。」
「ご指名の女の子はいらっしゃいますか?」
「いや、いないです。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」

 カーテンの奥を確認してから「女の子の準備が整いました。」と、お客さんを誘導する。前のお客さんの時までは、山下さんが後ろを付いて来ていたけど、今回は山下さんの姿が見えない。俺の接客に問題がないと判断してくれたのだろう。三番目の扉の前で止まり、ノックをする。ミオリさんの部屋だ。

 扉のノブが回る音がして、満面の笑みを浮かべたミオリさんが「いらっしゃいませ。」と頭を下げる。こんな可愛い女子大生を見て、お客さんが断れるわけがない。数秒も待たずに「はい、この子で。」という声を聞く。俺はポケットから金券を取り出して、ミオリさんに手渡す。これで俺の仕事は完了だ。「お客様、ごゆっくり。」と言って扉を閉めようとしたら、ミオリさんが何かを俺の手のひらに押し込んでから、バイバイと手を振って扉を閉めた。

 オフィスに戻って、手の中を確認すると、小さな紙切れが一枚。かわいらしい女子大生らしい丸みを帯びた文字で「仕事が終わったら飲みに行こうよ!十九時に三条木屋町ビルの1階のBARで待ってるから」と、飲みのお誘いだ。でも、アルバイトの立場の俺が、店の女の子と一緒に食事や飲みに行くのなんて、ご法度だ。こんなのが見つかったら、西城のオッサンに何をされるか分からない。

 バレなければ大丈夫かもしれないと俺の心の中の悪魔が囁きまくっているけど、ここは我慢するしかない。これも含めて、ファッションヘルスの仕事なんだ。俺はメモ帳の片隅を切り取って、「ごめんなさい。めっちゃ嬉しいんやけど、アルバイトが女の子と飲みに行ったらアカンねん。ありがとう。ほんま、めっちゃ嬉しい。」と書いて、次にお客さんがミオリさんの部屋に入っていくときに、金券と一緒に、紙切れを手渡した。

 俺は、正しいことをしたんだ。めっちゃ偉い。偉いぞ、俺。後悔の気持ちを振り払うように、何度も自分を褒めながらオフィスの方まで戻ってくると、俺の顔を見た山下さんが受付のカウンター越しに俺を呼び止めて、ボソリと言った。

「おい、田附、お前、何かやったんか?」
「え?」
「佐伯店長が、怖い顔して、お前を待ってるで。」

たった一通の手紙が、人生を変える
水野敬也
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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 

 


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