この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第三十三話「パシリ」

time 2015/12/02

第三十三話「パシリ」

 アルバイト二日目。昨日と同じく、午前九時半に出勤して、女の子たちの部屋の掃除をする。遅番の人たちが閉店後にも掃除をしてくれているので、目立った汚れはないんだけど、シャワーの周りを念入りに磨いたりして、営業の準備を整える。

 それにしても、ファッションヘルスという業態は、ほとんど開業資金が必要ない商売だ。極端に言えば、女の子たちが接客サービスをする部屋さえあれば、他には何も要らない。その部屋にしても、ホテルのような装飾は必要ないし、マンションのように頑丈に作る必要もない。最も大きな装備であるベッドにしても、こんな品疎なものを良く見つけてきたなと感心するような程度のものだ。

 マリさん、ヨウコさん、ルミさん、昨日も会った女の子たちが、続々と出勤してくる。この子たちの提供するサービスが、この店の唯一の商品だ。社員さんも、アルバイトも、この店の男性スタッフは全員、この女の子たちが気持ちよく接客できるように環境を整えるのが仕事だ。「おはようございます!」と言うと、「おはよう。」と返ってきた。それだけで、嬉しい。

「ミオリさん、おはようございます。」
「あ、田附くん。おはよう。」

 二日目なのに、もう俺の名前を覚えてくれている女の子までいる。

「お、店長候補、おはよう!」
「ミサキさん、おはようございます。」

 いつの間にか、“店長候補”というあだ名が付けられたらしく、女の子たちの何人かが“店長候補“と声を掛けてくれる。からかい半分で呼ばれているのは分かっているんだけど、みんなから声を掛けてもらえるのは嬉しいし、自分の目標が店全体に伝わっているようで、気が引き締まる。あ、インターフォンが鳴った。

「もしもし、田附です。」
「あ、店長候補だ。」
「はい。」
「タバコ買ってきてちょ。」
「ルミさんは、セーラムのスーパーライトですよね?」
「やるなぁ、店長候補!」

 芸能プロダクションで大物バンドの担当をしていたころ、ほとんどのバンドメンバーが喫煙者で、いつもタバコを買いに行かされるので、周りにいる人たちの吸っているタバコの銘柄を覚えるのが癖になっていた。ルミさんには昨日もタバコを頼まれたので覚えているんだけど、他の女の子の吸っているタバコの銘柄も、吸殻や空き箱を見て確認するようにしている。

 来客の受付や、女の子の部屋までの誘導などを、山下さんに教えてもらいながら、少しずつ出来る仕事を増やしていく。大企業のような研修期間は無くて、とにかく実践で覚えていく感じ。俺にとっては、この方が合っているように思う。今日は日曜日だから、朝から来客も多いし、どんどん楽しくなってきた。

「おい、田附!」
「はい。」
「ちょっと馬券を買うて来てくれ。」
「え?馬券、ウマですか?」
「ウマ以外に馬券なんかあるんか、ワレ!」

 いきなり知らないオッサンに十万円と紙切れを渡されて唖然としていたら、小さな身体をさらに小さくした山下さんが、俺に向かって口パクで「ハ・ヤ・ク・イ・ケ」と何度も繰り返し合図を送っているのに気付いた。俺はもう訳も分からず、ロッカーに入れたコートを取ることも忘れ、店を飛び出した。なんでオフィスにヤクザがおるねん。めっちゃ怖いやん。

 四条大橋の一本南にある団栗橋を渡って、建仁寺の裏手から花見小路通が近づくと、もう小走りするのさえ難しい人混みだ。でも、オッサンに渡された紙切れを見ると、第十二レースのステイヤーズステークスだけじゃなくて、その前の前の第十レースの馬券まで書いてある。もう十四時を過ぎているから、出走まで三十分も無い。

 見るからに競馬を分かっていないヤツの馬券の買い方で、買わない方が得するのは明らかなんだけど、あのオッサンに殺されたくないので、人混みを掻き分けて、何とか指定された馬券を購入して、店へと戻った。とにかく間に合って良かった。

 オッサンに購入した馬券を手渡したら、いきなり思いっきり頭をどつかれた。「帰ってくるの遅いんじゃ、ワレ!」と大声で怒鳴られる。オッサンによると「馬券は、レース中は握りしめとかんと当たらんのじゃ!」ということらしい。いや、当たる馬券を買わんと当たらんねんと思ったけど、ヤクザに刃向うほどの度胸はない。

 俺の予想通りにハズレたのは良かったけど、それを俺のせいだと言われて殴られたら、たまったもんじゃない。無茶苦茶なオッサンだ。オフィスの片隅にしゃがみ込んで、殴られたところから血が出ていないか手で擦って確認していたら、山下さんが近づいてきてボソリと言った。

「あの人には、気を付けなアカンで。」
「え?」
「あれ、西城さん。早番の担当のマネージャーや。」

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
  


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