この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第二十八話「お酒」

time 2015/11/25

第二十八話「お酒」
 アイスクリームで口元をベタベタにした子供を、叱りもせず笑顔で見守り、そっとハンカチで拭う父親を見て、俺がまだ小さな小さな子供だった頃のオヤジのことを思い出す。グレーのスーツの上下に身を包んで、山崎の二十五年の水割りを片手に、ホステスたちと談笑する隣の客を見て、オヤジのことを思い出す。関西弁をひと括りにせず、京都弁の響きの中にだけ、オヤジを感じる。

 「ええねん。お前はお前や。」という言葉を、寝言のように言い残して、この世から息を引き取ったオヤジは、依然として俺の心の中で、力強く俺の背中を押し続けてくれている。雨の日も、雪の日も、雲の上はずっと青空であるように、オヤジの目は常に優しく、心は穏やかに、俺を見守り続けてくれているような気がする。

 ほとんど離れて暮らしていたから、俺には反抗期がなかった。男だらけの学生寮で寝起きし、思春期の理由もなく湧き出る怒りは、ラグビーとヘヴィメタルにぶつけた。この話をすると、大学にも行かずに遊び呆けていて、ずっとグレた子供だったじゃないかと言われることもあるけど、学業に目を向けなかったのは、別にオヤジに反発していたからではない。ただ、毎日が楽しかっただけだ。そして、そんな俺を、オヤジも喜んで見ていてくれた。

 でも、オヤジがいなくなって、ひとつだけ思うことがある。俺のこれまでの人生は、神童だった頃から俺に期待し続けてくれたオヤジに、夢を見せ続けるための人生だったのかもしれない。超進学校に入学したときも、ラグビー部のキャプテンだったことも、大学受験も、アメリカ留学も、夢中で勉強して大学を卒業したことも、芸能プロダクションに就職したことも、オヤジに向けたメッセージだったように思う。全てをオヤジのせいだと言うつもりは一切ないけど、これまで感じ続けてきた使命感のようなモヤモヤが晴れ、いよいよ船出の時を迎えたような気分だ。

 四条大橋から鴨川を渡り、八坂神社の門前町を歩けば、そこらじゅうにオヤジとの思い出が溢れている。「今日は、ここからにしよか。」と入っていったお茶屋、「誕生日やから、行ったらんと。」とハシゴしたラウンジ、「ええもんを食わんとアカン。」と連れられていった料亭、「もう今日は帰ろうや。」とタクシーを停めてからひと悶着した四つ辻、傍から見れば少し変わった親子関係だったけど、ええ父親やった。

「あら、昨日、えらい泣いてた人が来たで。」
「え?なになに?」
「また、覚えてないのん?」
「昨日、ママとこ来た?」
「はい、来はりましたよ。ベロベロやったけどな。」

 いよいよ船出の時を迎えたと、頭のなかでは勇ましい自分の姿を想像しているけど、まだまだオヤジを亡くした悲しみが心を満たしているのかもしれない。オヤジに連れられて何度も来たこの店で、オヤジの偉大さを熱弁していたらしい。オヤジが俺を自慢したように、今度は俺がオヤジを自慢している。

「今日も、飲むで。」
「元気やなぁ。体を壊さんように。」
「壊れたときは、壊れた時やわ。」
「そうやね。」
「酒は百薬の長や。全部、酒が治してくれるわ。」

 お酒が、俺の心の傷を治してくれるのかどうか分からないけど、思いっきり飲んで騒いでいるのが今の俺にとっては、一番だ。親の残した遺産で、祇園の町で飲んだくれているのを、呆れた顔で見ている人もいるだろうけど、「ええねん。俺は俺や。」と思えば、他人の評判なんてどうでもいい。

 バブルの弾ける前であれば、不動産とか株で当てた人たちが湯水のように金をバラまいていたけど、一気に不景気になった今、生粋の京都人のなかでも、値段も見ないで酒が注文できるような景気の良い人は、少ないはず。祇園の舞妓さんたちに悲しい顔をさせんためにも、思いっきり飲んだったらええねん。

「今日は、シャンパンからにしよか。」

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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