この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第二十七話「観光」

time 2015/11/24

第二十七話「観光」
 東京の友人たちが遊びに来てくれて、俺に京都を案内しろと言う。せっかく京都に来たんだから、楽しい思い出を作って帰って欲しい気持ちは山々なんだけど、正直、困る。俺は、京都のことを、あまり知らない。

 京都市内の病院で産まれ、京都駅の近くに居たこともあるんだけど、物心が付いた時には、母親の実家である大阪の枚方に住んでいて、中学と高校は愛媛の松山、大学と社会人の八年間は東京なので、京都に関して持っている知識は、東京から遊びに来た友人たちと同じ程度だ。ガイドブックを読み込んできた友人から、京都のことを教えられることさえある。

 京都の観光について聞かれたら、すごくベタで申し訳ないけど、嵐山と金閣寺と祇園をオススメする。自然豊かな嵐山には、平安京の造営の際には大量の木材を運搬するのに使われたという大堰川(おおいがわ)が流れ、昔の偉い人が「月が渡るようだ」と言ったことから命名された渡月橋(とげつきょう)が架かり、三島由紀夫が作品を残したことでも有名な金閣寺は、歴史的な背景を知らなくても美しさに惹かれるし、昔ながらの古い町並みを着物を着た舞妓さんたちが歩く祇園も、京都の風情が感じられる。ほら、ガイドブックみたいな説明しか出来ない。

 それでも、俺にとっての故郷がどこかと聞かれれば、迷うことなく京都だと答える。産まれてから僅かの数年しか住んでいない、ほとんど記憶の残っていない街だけど、俺の身体を流れる血液は、間違いなく京都人であることを自覚している。

 

 良く言われる例えだけど、着物の反物が置いてあり、値札が付いているとして、大阪人は反物より値札の方を見て、もっと値下げしてくれと店主に言う。神戸の人間は、値札を見て、何も言わずにその売値の通りの金額を支払って買う。そして、京都人は、反物をしっかり見て、値札は見ないで買う。この、いわゆる粋(いき)の文化を、俺はカッコ良いと思う。だからきっと、俺は、京都人なんだ。

 

 京都のガイドブックの嵐山のページには、紅葉に染まった山々を背景に、大堰川のせせらぎと、そこに左右に架かる渡月橋の姿を切り取った写真が掲載される。だから、実際に嵐山に足を運び、渡月橋の上を歩きながら、がっかりする人も多い。なぜなら、車両の通行が可能な幅員が十分にある橋には、車道を示す白線や、横断歩道の白線、タイルで舗装された歩道など、京都の風情とは相反する現代が、顔を覗かせるからだ。

 

 総じて、京都という街は、他県の人たちが思い描くような日本文化のテーマパークではない。「鳴くよ うぐいす 平安京」の七九四年から現代に至るまで、ずっと人々が寝起きをし、日々の営みを繰り返してきた街だ。京都御所も、金閣寺や銀閣寺や清水寺も、単なる歴史的な建造物ではなく、今もなお、その本来の目的を失うことなく、生き続けている。

 

 ほんの短期間だけでもメディアに関わる仕事をしていたから、京都を紹介する旅行番組や雑誌で、古き良き美しい京都だけが切り取られて紹介されることにも、一定の理解はあるつもりだ。また、現実から少し距離を置きたいと、気分転換のために京都を訪れる観光客が、遥か昔の人々の暮らしを思い描いて、空想の中に身を置きたい気持ちも分かる。俺の心のどこかにも、東京での八年間に疲れた自分を癒したいという気持ちがあるのかもしれない。

 

 でも、俺が心の中で強く思い描く京都は、単なる観光地としての歴史標本の京都ではなく、人々の笑顔や怒りや悲しみや寂しさに溢れた人間らしい営みのある現代の京都なんだ。そして、オヤジが生きた京都なんだ。ちょっと理屈っぽくなったけど、ごく簡単に言うと、俺は京都が好きだ。

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
  


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