この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第二十六話「遺産」

time 2015/11/23

第二十六話「遺産」
 あまりの暑さに、たまらずベッドから這い出る。時計を見れば、正午すぎ。まだもう少し眠りたいけど、汗だくの身体が気持ち悪いので、シャワーを浴びる。昨日も随分と飲んだ。どのように自宅に辿りついたのか、最後の店がどこだったのか、記憶はおぼろげだ。

 テレビをつけると、芸能人たちが馬鹿騒ぎしている。取り立てて何が面白いのか分からないけど、司会の大物タレントの一挙手一投足に、大げさなリアクションで爆笑する若手芸人たち。スタジオで何度か見かけたことがある人もいる。関西では大人気の大物落語家も出ているから、今日は木曜日か。

 今日が何曜日かなんて、俺は特に興味がない。週末は営業しない飲み屋もあるから、土日は少し関係があるけど、基本的には毎日が日曜日。世の中ではシステム手帳という分厚い手帳を持ち歩くのがブームのようだけど、俺には必要のない代物だ。窓の外が暗くなってきたら家を出て、どこかの居酒屋で腹ごしらえをしてから、「そういえば最近、顔を出してないな。」と、馴染みの店をハシゴすれば良い。

 今月、いくら使ったのかも、特に興味がない。おそらく百万は超えているけど、それがもし二百万でも大差はない。楽しく皆んなで酒が飲めたら、それで良い。クルマとか、時計とか、形のあるものに使うより、泡にして溶かす方が良い。まだちょっと昨日の酒が残っているから、今は思い出すだけでも気持ち悪いけど、窓の外が暗くなる頃には、また体力が戻っているだろう。

 「お父さん、えらいようさん遺産を残しはったから、立派やったな。」と、葬式の最中に親戚のオバさんから言われたひと言を、今でも鮮明に覚えている。どんなに莫大な遺産を手に入れるより、オヤジが生きていてくれる方が嬉しいに決まってる。先日の一周忌の時にも、そのオバさんの顔を見かけて、こみ上げてくる怒りを抑えるのに苦労した。

 祇園では、オヤジの弔いのための酒だと、俺の豪遊を評してくれる人もいるけど、本当のところは、ひとりになるのが寂しいから、毎晩のように飲み歩いているだけだ。降って湧いたオヤジの遺産なんかに頼らなくても俺は生きていけるんだと、あのオバさんの言葉に反発したい気持ちもあるんだけど。とにかく、パーっと飲んだらええねん。

「あら、ヒロキくん。久しぶりやないの。」
「姐さん、久しぶりって、三日ぶりやで。」
「毎日来てくれんと、忘れてまうわ。年やからね。」
「そんなアホな。」
「お父さんは、一日に二回来てくれはった時もあったんやで。」

 オヤジは、事業と投資で稼いだ金を散財することなく、俺と弟に残してくれた。多少の寄り道をしたとは言え大学を卒業したばかりの俺にとって、その金額は莫大なものだったし、桂川の近くにある一軒家も含め、オバさんが妬みであのような言葉を吐く気持ちも分からなくもない。でも、俺にとって、オヤジが残してくれた最大の遺産は、ここ祇園で遊ぶことが出来るフリーパスを引き継げたことかもしれない。

 いわゆる「一見さんお断り」の風習が続く祇園では、成金のオッサンがいくら札束を積もうと、入店は許されない。常連が連れてきた客は、客人としてもてなされるけど、店からの信用が得られなければ、ひとりで再訪しても相手にしてもらえない。だから、まだ三十にもならない俺が、自由にこの街を出入りできるのは、あのオヤジと飲み歩いた日々の積み重ねによるものだ。きっとオヤジは、不出来な俺のことを大袈裟に褒め称えて、祇園の住人たちに俺を売り込んでくれていたんだろう。

 芸能プロダクションを一年半で退社した俺は、オヤジの残影を求めて、京都の街へ、いや、祇園の町へと帰って来た。

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
  


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