この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第八話「アキコちゃん」

time 2015/10/28

第八話「アキコちゃん」
 小学校四年生の夏休み、オヤジが俺と弟を呼んで話を始めた。母親と離婚したという話だった。数年前から自宅には母親はいなかったんだけど、離婚したという事実をオヤジから打ち明けられて、子供ながらに驚いた。悲しみというよりも、驚きのほうが強かったように思う。
 
 テストで満点を取ったときや、生徒会長に選ばれたとき、嬉しそうに話を聞いてくれたのはオヤジだった。俺たち兄弟は、母方の祖父母の家で生活をしていたから、お爺ちゃんとお婆ちゃんから十分な愛情を受けて育ったけど、親の役割はオヤジが全てを引き受けてくれていた。遊園地や水族館に連れて行ってくれたのも、オヤジだった。
 
 母はというと自由奔放な性格で、そもそも結婚生活だとか、嫁だとか、母親だとかに不向きな人なんだと思う。ある日、母に連れられてレストランに行ったら、知らないオジサンと一緒に食事することになって、新しい彼氏だと紹介された時には、どんな顔をすれば良いのか、子供ながらに困った。その後も、母の“新しい彼氏”には、何人か会ったことがある。

 母が経営していたスナックに行った時には、酔っぱらい客にからかわれてジュースだと言って酒を飲まされた。ゲホゲホと喉を押さえて咳き込んでいる俺を見て、母は大笑いしていた。こんな調子だから、母からは、いわゆる母親を感じることは無かった。かっこいい生き方だとは思うけど、自分の母親がこんな人だったら、正直ちょっと辛い。

 大学受験のために新宿のホテルに滞在した一ヶ月間に、ワンダラーへは十回以上は行った。試験がうまくいったらワンダラー、明日の試験が大丈夫かと不安になったらワンダラー、試験がうまくいかなかったらワンダラー、なにかと理由をつけては自分を納得させて「とんかつ にいむら」の先を左に曲がって、ワンダラーに通い続けていた。きっと、この頃から既に、俺にとってマイは、いわゆる母親のような役割を担ってくれていたんだと思う。
 田舎者でニキビ面で老け顔で自信のない俺を包み込んで、もしかしたら俺でも出来るかもしれないと奮い立たせてくれるのが、マイの「ヒロくん、話がおもしろいし、優しいし、大丈夫だってば。」だった。今、俺の頭のなかは、アキコちゃんで溢れかえっている。アキコちゃんと付き合いたい。アキコちゃんを抱きたい。でも、アキコちゃんは綺麗だし、スタイルも良いし、俺とは釣り合わない。でも、アキコちゃんと付き合いたい。マイは、裸の俺を裸で抱きしめて、「大丈夫だってば。」を繰り返した。
「明日、アルバイトのシフトが一緒やねん。」
「じゃあ、あした食事に誘ってみたら、どう?」
「どんな店がエエんかなぁ。」
「ヒロくんが好きな店でいいのよ。」
「お洒落な店とか知らんねん。」
「ヒロくんが、アキコちゃんと一緒に行きたい店で良いのよ。」
「アキコちゃんに笑われへんかな。」
「そのままのヒロくんで良いの。」
「嫌われたら嫌やん。怖いわぁ。」
「ヒロくん、話がおもしろいし、優しいし、大丈夫だってば。」

 マイに背中を押されて、俺は勇気を振り絞り、アルバイトの帰りにアキコちゃんを食事に誘おうと決意した。ミスタードーナツの制服のズボンのポケットに「今晩、一緒に食事に行きませんか。」と書いた小さな手紙を入れて、店頭に立った。
 店長から高い評価を受けている接客も、今日はぎこちない。アキコちゃんがひとりになるタイミングが来るのを待つ。ドーナツを並べるアキコちゃん、めっちゃ綺麗だ。レジを打つアキコちゃん、めっちゃ綺麗だ。社員さんと話すアキコちゃん、めっちゃ綺麗だ。やっぱり俺とは釣り合わない、めっちゃ綺麗なアキコちゃん。
「田附くん、どうしたの。」と、綺麗なアキコちゃんが、急に俺に話しかけた。
「え、いや、何でもないで。」
「具合でも悪いの?今日の田附くん、何か変よ。」
「何でもないって。俺、大丈夫や。」
「そう、それならいいけど。」
「あのぉ、今日の晩、メシに一緒に行こうや。」
 制服のポケットに忍ばせていた紙切れを、更衣室のゴミ箱に投げ入れて、俺は小さくガッツポーズをした。そして、女の子を待たせるのは男として恥ずかしいことなので、急いで着替えを済ませて、待ち合わせ場所に決めたデパートの入り口で、アキコちゃんを待った。

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和田アキ子

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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