この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第二十五話「お立ち台」

time 2015/11/20

第二十五話「お立ち台」
 地獄の坂を駆け上がった最後の馬が、いよいよゴールした。よく頑張った、精一杯に走り切りよった。すごいぞ。俺ひとり、両手をあげて拍手を送る。右手には、あの馬の単勝馬券を握り締めたままで。お前の最高の走りを見せてくれてありがとう。

 良く見たら、あの馬の顔は、俺にそっくりだ。母親と瓜二つだと言われても納得できないけど、あの馬の顔は、俺そのものじゃないか。これは、いったい。その瞬間、俺はいつの間にか、大観衆で満ち満ちたスタンドを見上げている。他の馬がゴールしてからコースに飛び出したような俺を、誰も見ていない。いや違う、ほら、あそこに、満面の笑みで両手を上げて俺に拍手を送るオヤジがいるじゃないか。

 ジリジリジリジリジリ・・・・次のレースの出走を知らせるファンファーレではなく、目覚まし時計の音が鳴り響いた。僅か三時間の睡眠では全く疲れがとれない。今日も午前中にビクターの青山五○一スタジオに行ってから、砧スタジオ、曙橋、そして、また砧スタジオ。まだまだ丁稚みたいなものだから、とにかく動き回って、少しは役に立つ人間だとアピールするしかない。

 勢いよく立ち上がって、無理やり自分を奮い立たせる。留守番電話の再生ボタンを押してから、冷蔵庫を開け、牛乳をコップに注ぐ。「メッセージは、六件です。」

「いますかー、ヒロキくん、いますかー。電話ちょうだい。(ピーっ)」
「ジュンコだけどー、たまには遊ぼうよ。(ピーっ)」
「あ、え、あ、、(ガチャっ)(ピーっ)」
「カツミや。暇なとき、環八のラーメン屋、行こうや。仕事がんばれよ(ピーっ)」

 そういえば、今年に入ってから、克己と競馬にも行けてない。たまには馬を見て、気分をリフレッシュしたい。なんか競馬場に行ってる夢を見てた気もするし。

「高木でーす。結婚することにしました!お前も知ってる人だよ!(ピーっ)」
「オヤジが、また入院した。今度は危ないみたい。(ピーっ)」

 高木が結婚って、相手はどんな女やねん。アイツ、なんか面倒くさいけど、女にはモテるからなぁ。俺と高木の共通の知り合いの女って言ったら、わりと限られてる気もするけど、誰や誰や。いや、それどころとちゃう。オヤジが入院、しかも、今度は危ないって何や。

「ホンマはな、東京ローカルも受けててん。」
「アカンかったんか。」
「全部で九つ受けてて、東京ローカルは社長面接まで行ったんやで。」
「見る目のない社長やなぁ。」
「どうやろなぁ。社長は社長やで。」
「お前に直接会って話して、アカンって言いよったんやろ。」
「うちの魅力は何や?って聞かれたから、他の局が、昭和天皇崩御とか、湾岸戦争勃発って緊急特集の番組をやってる時に、ムーミンを放送してるテレビ局は凄い!って言うてん。」
「おもろいやん。」
「そやろ、素直に思いついた魅力を言うてん。」
「東京のモンは、そういう洒落も通じんのか。アカンな。」
「関西とは、だいぶ違うからな。」
「東京のテレビ局なんかに就職したら、こっちにもなかなか帰って来られへんやん。芸能プロダクションやったら、たまには関西でも仕事あるんやろ。」

 京都に向かう新幹線のなかで、正月に会ったときには元気だったオヤジの姿を思い出す。椅子に座ったら寝てしまって、乗り過ごしそうだから、出入り口のドアに身体を傾けたまま、窓の外を眺めながら、京都駅に到着するのを待った。もしかしたら、京都駅の改札で、オヤジが待っていてくれるかも。

 でも、オヤジが待っていたのは、病室のベッドの上だった。花や果物のバスケットが数多く並べられた病室で、オヤジは寝ている。昨夜は危篤状態で、さっきまでは機械の力を借りないと、呼吸が安定しないような状態だったそうだ。親戚のオバちゃんが「もうすぐ、ヒロキくんが来るからね。」と言ったら、薄らと目を開いて、口元のチューブを嫌がって、看護婦さんに無理を言って、外してもらったらしい。

「俺、今な、スゴい芸能人と仕事してんねんで。」
「俺の選んだ和菓子の差し入れ、えらい褒められてん。」
「俺、芸能の仕事、めっちゃ向いてると思うわ。」
「俺、休みもないけどな、毎日、充実してんねん。」
「俺がテレビには映らんけど、ちょっとは役に立ってんねんで。」
「俺、まだまだやけどな。がんばるで。」

 目を閉じたまま、ベッドに横たわるオヤジの耳には、俺の声が聞こえているのかどうか分からないけど、ひとりでずっと話し続けた。手を握っても、オヤジから握り返す感触はない。弟に肩を揺すられて、目覚めた。オヤジの手を握ったまま、少しウトウトしてしまったようだ。何かの夢を見ていた気もするけど、何の夢だったのかも覚えていない。

 意識こそ戻らないけど、オヤジの容態は安定しているようで、明日には目が覚めるのではないかと病院の先生が言ったけど、さすがに何日も会社を休めないので、静かに眠っているオヤジに向かって「また来るわ。」とだけ言い残して病院を後にし、最終の新幹線に飛び乗った。

 優勝セレモニーが行われているんだろうか。場内は、割れんばかりの大歓声だ。ハズレ馬券を切り裂いた即席の紙吹雪がスタンドに舞っている。優勝馬のオーナーが、お立ち台に上がり、大観衆の声援に応える。俺も昔は、もっと期待されてたのに。晴れの舞台で颯爽と駆け回るはずやったのに。俺も、あのお立ち台に乗せてあげたかった。「ええねん。お前はお前や。」

 東京駅への到着を知らせる車内アナウンスで目が覚めた俺は、新幹線を降りるとすぐ、駅構内の公衆電話から、病院に電話した。看護婦さんから代わって電話口に出た弟は、狼狽を隠さず途切れとぎれの声で、それでも俺に伝えるべきことを伝えるという使命感を果たそうと懸命に言葉を声に出している。

「分かった。分かったから、もうオヤジのそばに居たってくれ。」
「・・・う・・・うん、そうやな。」
「あんまり泣いたらアカンで。オヤジが悲しむから。」
「さいご・・・最期の最期まで・・・苦しんでなかったから、近くにおるかもしれんな。」
「静かに逝ったんやな。良かったわ。」
「兄貴が帰ったあとな、ちょっとオヤジな・・・意識が戻ってん。」
「そうなんか・・・。」
「そうや、それでな・・・・」
「うん。」
「兄貴に伝言やって言うて・・・・」
「うん。」
「ヒロキに言うといてくれって・・・」
「うん。」
「ええねん。お前はお前や・・・・・って。」
 

< 第一章「東京」 完 >

 

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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