この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第二十一話「先生」

time 2015/11/16

第二十一話「先生」
 ベッドの上で胡座をかいたオヤジは「迎えに行かれへんかって、ごめんな。」と言う。自宅で倒れているところを、たまたま回覧板を持ってきた近所の人に発見されて、病院に搬送されたと聞いて、朝一番の新幹線で飛んできたのに、なんだか元気そうだ。

「起きてて大丈夫なん?」
「別にどこも痛ないし、大したことないわ。」
「血を吐いたんちゃうん?」
「そうみたいやなぁ。」
「なんか他人の話みたいやな。」

 午後になると、大勢の人がオヤジの見舞いに来た。ほとんどの人が初対面なんだけど、みんな俺のことを知っていて、「おおー、君がヒロキくんか。」と気安く声を掛けてくれる。そしてまた、オヤジが俺のことを話はじめて、俺が話を否定して、周りからは謙遜していると思われて褒められるというパターンになる。

 鼻にチューブを入れられて、昏睡状態のままでベッドに横になっているオヤジを想像して来たので、笑顔で見舞い客らと話をする姿を見て、本当に良かったと思うけど、自分の心当たりのないエピソードで褒められ続けるのも辛いので、飲み物を買ってくると言って、病室から逃げ出した。

 ここの病院の看護婦さんは、オバちゃんばかりだ。勤続数十年のベテラン揃いで、オヤジが世話になる分には頼もしい限りだけど、俺にとっては物足りない。そんなことを思っていたら、可愛らしい笑顔の看護婦さんが、俺に話しかけてきた。こんな可愛い看護婦さんが、今までどこに居たんだろう。

「田附さんの息子さんですよね?」
「はい、そうです!」
「今晩、ご予定は空いてますか?」
「もちろん、空いてますよ!予定があっても空けます!」
「良かった。」
「どこか行きますか?」
「はい、このひとつ上の階の五三三号室です。」
「え?」
「先生から説明があるので、夜七時に行ってください。」

 オヤジは連れてこないで俺ひとりで来て欲しいと言われ、心細いから弟を呼び出して、ふたりで先生の部屋を訪ねることにした。絶対にどこか具合が悪そうな今にも死にそうな年寄りの先生が、レントゲンを見ながら説明してくれるんだけど、とにかく声が聞こえづらい。弟は頷きながら先生の話に聞き入っているので、俺の耳がおかしいのかもしれない。ただ、ひと言だけ、俺にも先生の言葉がハッキリと聞き取れた。「癌です。」と。

 兄弟で話し合って、翌朝、オヤジにも診断結果を伝えることにした。病室に入ると、オヤジはまだ眠っていて、兄弟でオヤジを見つめながら、起きるのを待った。目覚めたオヤジが俺たち兄弟に気付いて起き上がろうとするので、横になったままで話を聞くように言った。それでもオヤジは、寝たままだと話が聞きづらいと起き上がった。

「最近は、医療の技術も上がってるからな、大丈夫やろ。」
「まぁ、そう思うけどなぁ、オヤジ。」
「ふたりで神妙な顔をしてるから、何事かと思ったわ。」
「そら、神妙な顔くらいするで。」
「ヒロキ、お前が社会人になるまでは、死なれへんわ。」
「それやったら、俺、ずっと学生のままおるで。」
「アホか。早よう卒業せえ。」

 オヤジがどれほどのショックを受けているのか表情からは分からなかったけど、癌と聞いて、心穏やかなままでいるのは難しいだろう。それでもオヤジは、俺たちの前では気丈に振舞っている。その姿を見るのが辛くなって、「俺、そろそろ戻るわ。」と言って、急ぎの用事もないのに病院を後にして、そのまま京都駅から新幹線に乗った。

 そう言えばオヤジは、俺が全く大学に行ってないことを知ってるんだろうか。年が明けて三月には、本来であれば卒業することになるんだけど、今からどれだけ頑張ったところで、卒業までは程遠い状態だ。それどころか、大学の在籍期間は、最長で八年間なので、卒業が出来るのかどうかさえ怪しい。

「まぁ、たまには真剣に勉強してみるか。」

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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