この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第二十話「十万円」

time 2015/11/13

第二十話「十万円」
 「もうちょっと何か俺の自己紹介とかさせてくれても良いのにな。」と思いながら、便器を磨く。数日前に小便をしたトイレを、俺が掃除しているのかと思うと、ついついニヤけてしまう。俺の歌舞伎町の裏の世界の歩みは、トイレ掃除から始まった。ピカピカにして店長を驚かしてやろうと力が入る。

「オシッコしたいんだけど。」
「はい、すみません。どうぞ、使ってください。」
「まだ途中でしょ。すぐに終わらせて。」
「はい、少し待ってください。」
「早くしてよ。我慢できない。」
「はい。」
「早くー。早くー。」
「はい。どうぞ。終わりました!」

 ピンクの下着姿の女性が、なんの恥じらいもなく俺に話しかけてくる。兄弟は弟しかおらず、六年間を男子寮で過ごした俺にとって、こんなの初体験だ。もちろん、これまでに交際した彼女たちや、伝言ダイヤルで知り合ったワンナイトラブな女の子たちや、風俗に客として来たときの風俗嬢たちも、下着姿で話しかけてくるんだけど、この感覚は新鮮だ。職場の同僚との初対面が、下着姿って何だろう。

 そんなことを考えていたら、トイレの中から「かみ!紙!」と言う声がして、トイレのドアが開き、便座に座ったままの女性が、俺に向かって手を伸ばしている。ピンクのパンツは膝下まで下げられたまま。俺は急いでトイレットペーパーのロールを手渡し、トイレのドアを閉めた。もう新鮮という言葉は、不適切かもしれない。

 アルバイトに通ううちに、少しずつ、店のことが分かってきた。俺の面接をしてくれたのがマネージャーの樋口さんで、同じくマネージャーと呼ばれる人が、もう一人いる。その上に店長がいるんだけど、一度挨拶をしただけで、まだ名前も知らない。女の子はシフト制になっていて、まだ全員には会っていないけど、全員で三十人くらいいるらしい。それから、俺と同じアルバイトが三人のシフト制で、大抵ふたりずつ出勤するシフトになっている。

「おい、ヒロキ。」
「はい、サクラさん!」
「タバコ買ってきてー。」
「えっと、タバコの銘柄は何でしたっけ?」
「それくらい覚えときなよ、使えないなぁ。」
「すみません。」

 俺たちアルバイトは、この店の小さなピラミッドの最下層にいる。タバコ以外にも女の子たちからアメとかジュースとか、時にはタンポンまで、色んな物を買って来いと言われ、メーカーやサイズなどを間違って買ってきたら女の子とマネージャーの両方から何度も繰り返し怒られ、お客さんが帰れば部屋の掃除をしてティッシュやボディソープなどの備品を補充し、また間違っていたら何度も繰り返し怒られる。

「本当にもう、あの説教ジジイ、うざいんだけどー」
「いるよねー。私が君の年だった頃の話とか、要らねーよ。」
「どうして風俗で働いてるんだいって、何よ、あれ。本当にうざい。」
「ほんと、逆にコッチが、どうして風俗に来てるんだいって説教したいわ。」
「私の客でも、似たようなのいっぱいだよ。うざうざ~。」

 ここで働く女の子たちは、お客さんの前では辛い思いをしているんだ。だから、俺に向かって厳しい言葉を吐きたくなる気持ちも分かる。喫煙所でタバコをふかしながら女の子同士で愚痴を言い合い、俺のことを馬鹿だと罵って、溜め込んだストレスを発散しているからこそ、お客さんに対しては笑顔でいられるんだと思う。

 たまに十万円のチップが貰えたと大喜びしている女の子の話も聞くけど、十万円と引き換えに失うものも大きいんだろう。俺には、その十万円みたいに女の子を大喜びさせることは出来ないけど、少しでも女の子たちの役にたてたら嬉しい。同じアルバイト仲間のヨウスケは「もう辞めたい」と常に口にしている。「辞めたいんやったら辞めたらいいのに。」と言ってしまいそうになるけど、金のためにアルバイトをしているんだから仕方がないのかもしれない。

 もちろん俺もヘトヘトだ。歌舞伎町でアルバイトをしていても、アパートは大学の近くのままだから、仕事を終えてから自宅に辿り着くまでの道のりは長い。やっとの思いでアパートに到着し、カギを開けて部屋に入り、ベッドへと勢いよく倒れこむ。明かりを点けるのさえ、面倒だ。しばらく横になっていると、留守番電話のランプが点滅していることに気づいた。このまま眠りたいけど、もしかしたらアキコからの電話かもしれないと思って、手を伸ばして再生ボタンを押すと、

「ヒロキくん、オバちゃんやけど、お父さん、倒れはったで。」

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 

 


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