この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第十八話「米」

time 2015/11/11

第十八話「米」
 失恋のショックなんて何ひとつ無かった。俺は日々、新しい女の子と出会い、ひと晩を共にする生活を続けている。週に三回はファッションへルスに通い、週一回はメタル専門のライブハウスに出入りし、週末には克己と一緒に競馬場に出掛ける。

 失恋のショックなんて無い。ビリヤードに対する熱が高まり、一般人向けのプールバーでは飽き足らず、競技用の本格的なビリヤード場に通い始めた。球に向かい合っていると、何もかも忘れられる。

 失恋のショックなんて何も無い。新しく出会った女の子とアキコをついつい比べてしまったり、アキコという名前の風俗嬢をついつい指名したり、このライブをアキコにも見せたいなと頻繁に思ったり、出走表に「母馬:エイシンアキコ」と見付けて馬券を買ってみたり、思い出のプールバーの前を通るとアキコのことを思い出したりしてしまうだけだ。

 ふとオヤジと話がしたくなって電話したら、話の流れでアメリカに短期留学に行くことになった。オヤジは相変わらずで、米国留学エージェントへの払込み分と現地での小遣いとして、合わせて二百万円をスグに振り込んできてくれた。オヤジは、俺の進路が国際学部に決まったときから、いつかは留学したいと言い出すだろうと思って待っていたらしい。大学入学から三年が経ち、やっとその日が来たのかと感慨深げだった。

 こうして、失恋のショックなんて何も無い俺は、ロサンゼルスへ短期留学に行くことになった。でも、一ヶ月もの長期間、外国で暮らすことには不安も大きい。留学エージェントから貰った小冊子には、必要最低限のことしか書いていない。仕方なく、『地球の歩き方 アメリカ編』という分厚い旅行ガイド本を購入してみたけど、ロサンゼルスに関して期待した情報は載っていなかった。

 ほとんど具体的な情報を得られぬままにロサンゼルスの空港に到着し、送迎バスに乗ってカレッジに向かう。サンタモニカの海岸沿いには、小さな白い家々が並んでいて、緑の芝生の庭は建物よりも広い。空も青い。ロサンゼルスの市街は、東京のように建物が密集しておらず、歩道も広く感じる。片側五車線の道路で、俺たちの乗ったバスを追い抜いていくアメ車のデカさに興奮するし、本場のマクドナルドを見ても興奮する。

 初めて新宿の街を歩いた時にも、見るもの全てがフレッシュで輝いて見えたけど、カルチャーの違う国の景色は、新宿以上の強烈なインパクトだ。街中に英語が溢れていて、当然のことながら道路脇の看板も全て英語。女性向けのファッション雑誌の看板を見ながら、そこに書かれている英語を声に出して読んでみる。それなりに意味が掴めて、ひとりで納得する。バスの中がザワめいているので、何かと思って覗き込んでみると、左側の窓から小高い山の中腹にハリウッドサインが見えた。俺は本当にロサンゼルスに来たんだ。

 ロサンゼルスでの生活は、想像していたよりもずっと窮屈で、ホームステイ先の家とカレッジの往復の毎日だ。朝から晩まで、ずっと英語のカリキュラムが組まれていて、自由時間がほとんどない。本物のアメリカ人のネイティブの先生が指導してくれるんだけど、思いのほか高校の英語の授業とレベルが変わらず、少しガッカリした。俺の通っていた高校は、英語の授業がとても厳しくて、大学入試向けというよりは、社会人になってからも活かせるレベルの英語力を身につけなければならないと、文法や読解や英作文だけでなく、発音まで徹底的にやらされたので、三年間ほとんど遊びまわっている俺でさえ、高校レベルの英語は身体に染み付いている。

 俺のお世話になっているホームステイ先は、ベトナム系アメリカ人の夫婦の家で、なんでも優しく対応してくれる”当たり”の家なんだけど、門限には厳しい。学生に何かあったらペナルティがあるんだろう。ロサンゼルスに来て二週間、明るい時間にだけ外出して、アメリカライフを満喫してきたんだけど、そろそろ限界だ。

「メアリーさん、どうしても行きたいコンサートがあるんだ。」
「コンサート?」
「僕がメタルが好きなのは、もう話したよね?」
「はい、あなたから聞きましたよ。ヒロキ。」
「今週の日曜日、僕が最も大好きなバンドが、LAでコンサートをするんだよ。」
「でも・・・、夜の街は危ないわよ。知ってるわよね?」
「はい、だから友人と一緒に出掛けようと思っています。」
「その友人は、信頼できる友人かしら?」
「はい、信頼できる友人です。彼の父親がライブハウスまで送迎してくれますから。」
「分かったわ。行ってらっしゃい。十分に気をつけるのよ。」

 これ以来、少し門限が緩くなり、映画館やライブハウスに出掛けることが出来るようになった。アメリカのエンターテインメントは、なんとかして楽しませてやろうという作り手と、思いっきり楽しんでやろうという受け手の思いが一体となって、日本とは全く違うカルチャーを生み出している。喜怒哀楽の全ての感情が、アメリカンサイズ。

 短期留学を体験した人は皆んな、同じことを思うんだろうけど、このままロサンゼルスに住みたいという気持ちを抱いたまま、俺の初めての海外生活は終わった。失恋のショックは何も無い俺は、一応、アキコにあげる特大のセサミストリートのぬいぐるみと、オヤジと男友達何人かのお土産を持って、帰路に着いた。

 驚くことに、成田まで迎えに来てくれた親友のケンイチの隣にアキコが立っている。すっぽんの別れ以来の数カ月ぶりの再会で、まさか成田で出迎えてくれるとは思わなかった。実はロサンゼルスで退屈な夜に、毎晩エアメールでアキコにラブレターを送っていたので、それが効いたのかもしれない。おれは「一応」買ってきた特大ぬいぐるみを、アキコに差し出す。

「これ、アキコにお土産や。」
「ありがとう。悪いね。」
「ええねん。俺の方こそ・・・・」
「紹介するね。私の新しい彼氏のケンイチくんです!」

 あのままずっと、ロサンゼルスに住めば良かった。短期留学を体験した人は皆んな、同じことを思うんだろうけど。
 

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。 


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