この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第十六話「肩越し」

time 2015/11/09

第十六話「肩越し」
 ひとりの女は熟睡していて、もうひとりの女は電話で俺と話している。つまり、二人とも俺の姿は見えていないし、俺を挟んで両側に対峙していることには気づいていない。とにかく気持ちを落ち着けよう。焦ったら負けだ。

「ねーねー、ヒロくん。聞こえてる?」
「うん、聞こえてるよ。アキコやろ。」
「どうしたの?声が小さい。なんだか変だよ。」
「昨日からなぁ、具合が悪いねん。」
「熱があるの?」
「分からんけど、頭が痛いねん。」
「そうなんだね。」
「うわっ、おい、おい。」
「どうしたの?え、え、ヒロくん。大丈夫?」
「いや、急に腰が・・・、ちょっと待って。」

 いつの間にか目覚めたジュンコが突然、後ろから腰の辺りに抱きついて来た。俺は受話器を右手で押さえ、身体をねじってジュンコの姿を確認し、左手のひとさし指を口元に当てて、「しーーーっ」と合図する。とにかく、黙っててくれ、ジュンコ。

「誰だれ?誰と電話してるの?」
「ええから、ちょっと静かにしてて、頼むわ。」

「もしもし、もしもーし、ヒロくん。大丈夫?」
「はい、うん、アキコ、大丈夫やで。具合が悪いだけや。」

 俺は「しーーーっ」をしている指を全て伸ばして、今度は「しっ!しっ!」と、犬を追い払うような仕草をする。ジュンコは一瞬、ムッとした表情を見せたが、しぶしぶ俺から離れて、風呂場の方に歩いて行く。早く、もっと早く歩いてくれ、ジュンコよ。風呂場の扉が閉まるのを確認して、そっと受話器から右手を外す。

「ほんま、なんか身体がダルいねん。」
「京都にも行ったし、バイトも忙しいからねぇ。疲れているんだね。」
「そやな。ちょっと忙しかったからなぁ。」

「これさー、シャンプー使って良いのー?」

 急いで右手で受話器を押さえ、「ええよ、何でもええよ。何でも使ってええから。」と叫ぶ。

「アキコ、あかんわ。咳が出てきたわ。」
「うん、いつものヒロくんの声じゃないもん。」
「そうかなぁ。やっぱり体調悪いねんなぁ。」
「わたし、今日は自分で帰るから。」
「そうか。ごめんな。」
「良いよ。大丈夫。それより、ヒロくん、何か食べた?」
「ううん。ずっと昨日から部屋におるから。」

「まだ電話してるの?ねーねー誰と?誰と電話してるのー?」

 受話器をベッドの枕の下に置いて、風呂場に走り、「とにかく黙ってて、お願いします。」と両手を合わせ、低姿勢でジュンコをなだめ、電話口に戻る。

「・・・だよね。いいかな?」
「え、うん。ええよ。」
「ヒロくん、嫌いじゃないよね?」
「何を言うてんねん。俺は、アキコのことが大好きや。」
「もう、馬鹿。」
「今日、ごめんな。迎えに行かれへんけど。」
「いいよ。しっかり寝ててください。」
「うん。ありがとうな。アキコ。」
「うん、じゃあ・・・」

 今度は、風呂場の方で、なにか大きな物音がした。まずはアキコとの電話を終わらせたいけど、さすがに気になるので、もう一度、受話器を枕の下にねじ込んで、風呂場に駆けつけると、ジュンコが浴槽の中で仰向けで寝ている。ひとまずジュンコは寝かせておいて、アキコの対応を済ませようと受話器を耳に当てたら、すでに電話は切れている。

「おい、ジュンコ。」

「もう帰るから。お会計して。」
「何を言うてんねん。ここ、俺の部屋やで。」
「アハハ。それ、面白い。」
「いやいや、だから、とりあえず起き上がろうや。風邪ひくで。」

 二人のかすかで頼りない記憶を出し合い、パズルを組み立てていった結果、どうやら「男女七人秋物語」のビデオを見ようという話で盛り上がり、俺の部屋に辿りついたらしい。全く覚えていないけど、「一緒に苗場に行こう」とか、「ビリヤード台のついてるラブホとか一緒に行けへん?」とか、ベロベロに酔っぱらいながらもジュンコを熱心に口説いていたらしい。二人の記憶はチグハグで、曖昧なところも多いけど、とにかくトオルの話が何ひとつ面白くなかったことだけは、ふたり揃って鮮明に覚えている。

「アイツ、ほんまにオモロなかったなぁ。」
「そうそう、全く笑えるところ無し!」
「ウチウミくんがー、ウチウミくんがーって、何やねんアレ。」
「ハハ、それそれ、マブダチだからさぁって。」
「ほんま、ああいうやつ、苦手やわ。」
「え?誰?」
「誰って、トオルとかいう男のことやで。」
「違う、違う。それじゃなくて。」
「なんや、まだ酔っぱらってるんか?」
「え?ちょっと、ヒロキ。あれ、誰?」

 ジュンコが窓の外を見ながら「誰?誰?」と繰り返し言うので、まだダルくて重い体を起こして、ジュンコの肩越しに窓の外を覗き込む。

 そこには、アキコが立っていた。

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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