この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第四話「出会い」

time 2015/10/22

第四話「出会い」
 ソファー席に俺ひとりになってしまった。ふと、東京という初めての土地に来て、ひとりになっている自分に寂しさを感じる。大学入試のために東京に出てきて、明日も朝から試験だというのに、俺はいったい何をやっているんだろう。本当に今、俺はここに居て良いんだろうか。

 この街に、居ても良いんだろうか。

 
 目の前には、指名されずに残った女性たちが四人、退屈そうに座っている。ベテラングループは一人だけ売れ残り、四人組は残り二人、そして、あと一人・・・。
 
 そう、さっきまで、十人の女性たちのなかで全く気付かなかった女性が、もう一人、部屋の右端にポツンと座っている。視線は下に向けられていて、手には本を持っている。小説だろうか、ここからは本の内容は分からないけど、何かを熱心に読んでいる。まるで昼下がりの公園でひとり、ベンチに腰掛けているかのように、その女性は座っている。
 誰とも話すことなく、ただ静かに座って本を読む姿は、優雅な雰囲気を感じると共に、どこか寂しそうにも感じる。もしかしたら、マジックミラーが無くても、彼女はああして静かに俯いて本を読み続けるのではないだろうか。俺は、蝶ネクタイに目をやり、彼女を指さした。
 男性スタッフに声を掛けられると、彼女はそっと振り向いて軽く頷くと、本を閉じ、部屋から出ていった。俺は、彼女の姿が見えなくなるまで、ずっと彼女の身体を観察していた。
 俺の横にひざまずいた蝶ネクタイが「女の子の準備ができました」と言った。俺は、自分のカバンを抱え上げ、ソファーに何も落としていないか確認してから席を離れ、男性スタッフに促されるままにカーテンの前へと歩みを進める。
 店に入ってきた時よりは少し落ち着いてきた。あまり緊張した顔をして、彼女に心配されても嫌だから、ちょっと笑顔を作ろう。そう思った瞬間、カーテンが開いた。俺の目の前に、あの読書してた彼女が現れた。
 
 軽く会釈をして「こんばんは、はじめまして」と彼女が言う。俺は、少し上擦った声で「こんばんは」と返した。関西弁だと笑われるのではないかと思って、抑揚に注意しながら話そうとしたら、声が上擦ってしまった。恥ずかしい。
 顔に笑みを浮かべながら、彼女が「こちらへどうぞ」と言う。俺は、何を口にすれば良いのかも分からず、彼女に手を引かれて、部屋へと繋がる細い廊下を歩いて行くことしか出来ない。彼女の笑みの理由は、上擦った声だろうか。それとも、俺のニキビ面を見て、思わず笑ってしまったのだろうか。
「はい、この部屋です。」と言って彼女は扉を開け、俺が先に入るようにと目線を送った。切れ長の目はまだ、目元に笑みを残したままだ。
 部屋は、想像していたよりもずっと小さいもので、5畳半くらいの広さしかない。部活で怪我をして運ばれた病院の個室よりも、今ちょうど宿泊しているホテルの部屋よりも、ずっと小さな部屋だ。余計な飾りは何もなく、ほぼ唯一の家具であるベッドは、ふたりで寝転がるには少し小さいように感じる。
 とりあえずベッドに腰を下ろすと、部屋の隅にシャワールームがあることに気付いた。彼女が「初めてなんですね」と言うので、どうして分かったのか理由を聞いてみると、「私のことを放っておいて、部屋のなかをキョロキョロ見てるから」と答えた。

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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