この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第一話「大学受験」

time 2015/10/19

第一話「大学受験」
「ああ、オヤジかぁ。ヒロキや、ヒロキ。今日の試験も難しかったけど、やれるだけのことはやったわ。明日も朝から社会科学部の試験やし、勉強せなアカンから、もうデンワ切るで。」
 
 大学受験のために上京して滞在しているホテルのフロントで、公衆電話の受話器を置いた俺は、部屋へと向かうエレベーターではなく、日が暮れ始めた新宿の街へと繋がる自動ドアを抜けた。
 数か月前まで、俺はラグビー部の主将としてチームを率いて、ピッチを駆け回っていた。西日本有数の超進学校で、卒業生の多くが東大へと進む高校で、俺は勉強などそっちのけで夢中で泥まみれになって楕円形のボールを追いかけていた。中学・高校の6年間をラグビーに捧げたと言っても過言ではない。目標の花園は遥かなた遠くのままだったけど、超進学校のラグビー部としては、十分に奮闘した。

 小学生の頃は、全く勉強しなくてもテストは満点ばかりで、天才だの秀才だの神童だのと親や親戚からチヤホヤされていたけど、日本全国から集まった神童たちのなかでは、“普通の神童”でしかなかった。とんでもない天才たちに囲まれ、産まれて初めて壁にぶつかった俺は、その鬱憤をボールにぶつけた。高校生になった頃にはもう、頭で勝負することは諦めていた。だから、寮の仲間たちが急に部屋に引きこもって必死で受験勉強を始めた姿を見ても、どこか他人事のような冷めた目で見ていた。

 

 でも、かつて“神童”だったことがある人は共感してくれるはずだけど、俺の心のどこか片隅には常に、親の期待には必ず応えなければいけないという義務感がある。ギリギリのお情けとはいえ、超進学校を卒業する俺が、さらに親の期待に応え続けるには、立派な大学に進学しなければいけない。親が自慢できる大学に。

 目標は、早稲田に絞った。なぜ早稲田なのかと聞かれても、昔から何となく憧れていたという以外には、特に理由はない。当然ながら、志望学部も具体的にはないので、ほとんど全ての学部に入学願書を提出した。計9学部。
 

 集中して最後の追い込みが出来るようにと、親がホテルを丸1ヵ月間借りてくれた。学生時代はずっと寮生活だったので、京都の実家には落ち着いて勉強できるようなスペースは無かったし、東京の空気に馴染んでおく方が受験の本番で緊張しないだろうと。オヤジは、神童だった俺に甘い。
 もっと勉強しておけば良かったと悔やむのは、俺好みじゃない。とにかく今できるベストを尽くそう。少しでも前へ、可能性のある限り、がんばるんだ。俺なら出来る。いよいよ受験が迫ってきたころ、久しぶりに机に向かって真剣に勉強に取り組んだ。俺は短期集中型、この期間だけを見れば勉強量は誰にも負けない。きっと、俺なら出来る。やるしかないんだ。明日も頑張ろう。
 それにしても、四国のド田舎の大自然に囲まれた男子校で中高エスカレーター式で6年間を過ごした俺にとって、この新宿歌舞伎町のネオンは眩しすぎる。そして、光かがやく看板は全て、スケベだ。「歌舞伎町一番街」の看板をくぐり抜けて、俺は今、歌舞伎町を歩いている。
 早稲田の試験会場からの帰りに降っていた雨はもう止んでいるけど、路面には水溜りが残っていて、ネオンの数を倍にしている。「お兄さん、五十分!八千円ぽっきり!」「まずは一軒いかがですか。かわいい子いますよ。」と、黒づくめの男性たちに声を掛けられて、思わず笑みがこぼれた。ド田舎から来たガキを、この街が迎え入れてくれるんだと、とても嬉しい。
 でも、どんなに魅惑的な言葉で誘われても、俺は決して彼らについては行かない。それは、俺が受験生で、明日も朝から試験だからという理由ではない。俺は既に、十分な予習を済ませて、この街にやって来たんだ。スーツの男性について行くと、良くないことが起こる可能性が高いことを知っている。そして、この歌舞伎町には、まだ日本全国でも数少ない“ファッションヘルス”という最新の風俗があるということを、俺は知っている。

※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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